『影』のその宣告に当然だが士郎は驚いた。

自分で七対一という絶対的有利をどぶに捨てると宣言したのだから。

だが誰よりも何よりも驚愕したのは

「だ、旦那!」

「あ、兄上!何を!!」

援軍の申し出を断られた『六師』達だった。

三十三『帝国』

「な、何言っているんだ!旦那!!」

思わぬ言葉に『風師』が食って掛かる。

「忘れたのですか!『影』殿!!魔術使いを名乗る者は一片の猶予も与えず、我々の総力を持って葬る。そう誓ったではないですか!」

諌める側である筈の『炎師』まで『風師』と共に『影』に抗議する。

それほど彼らの中でかつて魔術使いに受けた屈辱、主君を救えなかった悔恨は強いものがあった。

「あの悔いは一度でたくさん、二度は多すぎますぞ『影』殿」

「左様です『影』様、このまま一対一で戦いを続ける事は魔術使いに付け入る隙を与える事」

「兄ちゃん、どうしたんだよ!いつもの兄ちゃんらしくないよ」

『地師』、『水師』、『光師』が揃って諌めるが『影』は決して前言を翻さない。

「兄上・・・申し訳ありません。そのお言葉だけは頷けません」

そんな中、ただ一人、士郎に殺気を込めて睨み付けているのが『闇師』だった。

「魔術使いであり、近い将来、陛下に仇名す刃になるのでしたら・・・何よりも、兄上の敵なのですからこの場で葬る!!」

そう宣言するや士郎に襲い掛かろうとするが、

「エミリヤ!!」

『影』のただの一喝で動きを完全に止めてしまった。

いや、一喝と呼ぶには余りにも静かな常日頃呼ぶような穏やかな声と音量だった。

しかし、その声からにじみ出る覇気と殺気は『闇師』の足を縫い付けるのには十分なものだった。

「・・・案ずるな。俺とてあの日の過ち繰り返す気は無い」

声に乗った覇気を引っ込めるとその手が自分を覆い隠していたマントに手をかけた。

「!!だ、旦那・・・ま、まさか・・・」

「俺が本気であいつと渡り合えば問題はあるまい」

そう言うと同時に頭から引き抜くように、マントを脱ぎ捨てた。

「持っていてくれ」

そう言い脱いだマントを差し出す。

「はあ・・・判りました。皆下がるぜ」

それを受け取った『風師』が全員を促す。

「お、おい・・・ユンゲルス」

「しゃあねえだろ。旦那が本気でやりあうと宣言したんだぜ。もう俺達・・・いや、陛下がお諌めになったとしても止められねえよ」

「それは!・・・そうだけど・・・」

「それに・・・マジになった旦那に勝てた奴いるか?」

その言葉に対する返答は無言だった。

「わかったらとっとと下がるぜ」

『風師』の促しに全員不承不承であったが、後退する。

「・・・『風師』、礼を言う」

「礼よりも旦那、ご武運を。旦那が怪我でもしたら下がる様に言った俺が半殺しに会うんですから」

礼を言う『影』に対して、おどける様に言う『風師』。 

「善処しよう」

その言葉に笑みを浮かべ、ただ一言だけ告げる。

「頼みますよ、旦那、んじゃ」

最後にそう告げて、他の『五師』の所まで下がる。

「・・・さて、水を差したようですまなかったな」

そう言い、再び士郎と向き合う。

一方の士郎は予想外の事に絶句していた。

当然、『影』が『六師』の援軍を断り、自分一人で戦いを続行する事もある。

しかし、それ以上にマントを脱ぎ捨て、初めてその素顔をさらけ出した『影』の顔に驚きを隠せなかった。

「・・・ふっ、そうも驚く事はない。俺とて土や石ころから生れ落ちたわけではない。陛下にお仕えする前は人として生きていた。普通に父も母もいたし親戚もいた。ならばこんな仮定も可能だろう。『錬剣師』、お前は俺の遠い子孫の可能性があると言っても

そう告げる『影』の顔、それは士郎に瓜二つだった。

髪が士郎よりやや長く、その色は濃い黒、肌は士郎よりやや白く、その瞳の色は赤い。

だが、それ以外はまさしく生き写し、兄弟と言われても初見の者ならば誰も疑問に思わないレベルだった。

「それと・・・あのマント、魔力封じか?」

「魔力封じとは少し違うな。あれは貯蔵庫さ。俺とお前とは共通点が多すぎる。この容貌もりだが、己の魔力を持て余している点も」

「・・・」

「お前が剣を創り出す事しか出来ぬように、俺も影を使役する事しか出来ぬ。それゆえ魔力はどうしても膨大に余る事があった。それを知った陛下よりあれは賜った物だ。あれにより俺は余剰の魔力を溜め込み通常ではあれにためた魔力を使う事が出来るようになった」

つまりあのマントは士郎のブレスレットと同じ役割を担い更にはサブエンジンの役割も果たしている。

「そう・・・さて話は終わりだ。俺も本気で渡り合おう。お前と」

その言葉に今まで呆けていた士郎は我に帰る。

『影』の本気がどのようなものかは不明だが、それが士郎に利するとはとても思えない。

「くっ、我が手に集まりし空気、砲弾となり我が敵を滅ぼす(キャノン・エアー)!」

咄嗟に未だ起動中である空気魔術の刻印を動かし空気の砲弾を撃ち放つ。

「影状変更(シャドー・チェンジ)、影戦場、背水の陣(シャドーウォーズ・デッドライン)」

だが、『影』の詠唱と同時に無数の影の人型が現れ砲弾を自らの身を挺して壁となり『影』の身を守る。

無駄と悟るや、『影』に接近しようとする士郎。

それを押さえ込もうとする影達。

「邪魔するな!投影開始(トレース・オン)接続完了(リンクセット)、ぐおっ!」

影達を一挙に消し去ろうと宝具を発動させようとするが、その前に影達が次々と殺到する。

士郎自身に怪我は無いが、ここまで密着されては思うように戦う事も出来ない。

「・・・・・・(全ては無より始まった)」

不意に『影』の詠唱が聞こえる。

「・・・・・・(そこより表裏・陰陽産まれ落ち、光と影現れた)」

ただ詠唱を唱えているだけだった。

「・・・・・・(されども光が現に寄る辺得ても影は未だ寄る辺を求め探し続ける)」

にも拘らず詠唱が進むに従い、圧力が増してくる。

「・・・・・・(寄る辺無く故郷も無くただ彷徨い拠求める影達よ我に従え我に服従せよ)」

「・・・・・・(さすれば与えよう汝らの故郷を)」

「・・・・・・(望むならば求めよ欲せよ)」

「・・・・・・(そして呼べかの地の名を)」

詠唱の最後なのだろうか、あれだけ士郎にまとわりついていた影達が一斉に影に立ち返る。

同時に最後の詠唱が朗々と響き渡った。

「・・・・・・シャーテン・ライヒ(偉大なる影の帝国を)」

その一文を唱え終わった瞬間、周囲の世界全てが一変した。

音もなく、使い古された雑巾に水が吸い込まれる様に、速やかに世界を影が覆い尽くす。

そして士郎達全てが影に覆われた時、大地は荒野に、彼らの頭上をかすかに照らす灯火のような太陽が弱弱しく現れ、『影』の背後には陽炎のような城とその城を守るように聳え立つ無数の砦が現れた。

それに従い自分達の立ち位置も変わり、比較的至近距離だった士郎と『影』の距離はおよそ数百メートル前後まで離れ、アルトリア達は士郎の後方数百メートルに一塊に移動されている。

そしてアルトリア達を幽閉していた影の牢獄はどう言う訳か消え失せていた。

一方、『六師』達は『影』の後方数百メートルに移動している。

「これは・・・」

「これが俺の世界。俺は『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』と呼んでいる。俺は『六師』ほど才がある訳ではない。俺に出来るのは影達に故郷を与え、拠り所に導く事しか出来ぬ」

『影』の表情はとても自然な者で言葉とは裏腹に自身の能力を誇っているようだった。









「これって・・・固有結界?」

「それしか思いつきませんわよ」

突如現れた影の空間に凛とルヴィアが辺りを見渡し当然行き着く結論に辿り着く。

と言うよりも、現代の魔術師ならばこの結論に辿り着くのが当然なのだ。

現実世界を侵食するように現れた別世界、魔術を志す者ならばこれが何なのか判るに然るべき。

しかし、そんな中首を傾げる者もいた。

一人は自身も臣下達の力を借りてはいるが『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』で固有結界を生み出す事の出来るイスカンダル。

「んー本当にこれは固有結界なのかのう・・・なーんか違うような気がする。こんなにも安定していた世界じゃったか?」

「それはそれだけ『影』の魔力が豊富だと言う事ではないのですか?征服王」

「かもしれんが・・・んー」

明朗闊達なイスカンダルにしては奥歯に物が挟まった言い方をするが、彼自身確信があった訳でもない。

どこか違う、そんな漠然とした予感だけで声を発したに過ぎない。

固有結界と思っている面子を説得するには材料が余りにも少なすぎた。

だが、ここにはこれの正体を知るただ一人の人物がいた。

「・・・あああ・・・う、嘘・・・つ、使える・・・人間がいたって言うの?・・・し、信じられない」

呟きながら顔面を蒼白にして、全身を小刻みに震わせるメディアだった。

「メディア??どうしたのですか?」

「メディアさん??」

メドゥーサに桜がメディアの異変に気付き、声をかける。

「・・・違う・・・これは固有結界じゃない・・・」

「へ??」

メディアの発したただならぬ言葉に全員振り返る。

「どう言う事よ?現実世界を侵食しているならこれはどう考えても、固有結界でしょう?」

「違うわ・・・これは固有結界じゃない・・・これは・・・固有世界・・・」

「は?固有」

「世界??」

聞きなれぬ単語にバゼットとイリヤが言葉を繋げる。

他の面々も聞きなれぬ言葉に思い思い顔を見合わせる。

それを見て、メディアは一瞬だけ驚愕の表情を見せるが、直ぐに納得の行った顔に戻る。

「ああ・・・知らないのね・・・無理は無いわ。こんなのもう、歴史の狭間に押し込められ、とっくの昔に消え去ったはずの言葉ですものね・・・ねえ、桜さん、固有結界って何かわかる?」

そのメディアに突然話を振られた桜だったが直ぐに自身が覚えている限りでの固有結界の知識を口にする。

「えっと・・・術者の心象世界を形にして現実の世界に侵食させる形で具現化させる・・・それが固有結界ですよね?」

「そうね。元々は精霊や悪魔だけが使える術だったのを気が遠くなるほどの年月をかける事で魔術としての形態が完成、人間にも使えるようになったわ」

「ですが、私達が使っても世界が修正をかける為に持続時間は恐ろしく短い、二十七祖クラスでも一日展開できれば上出来と言われるほど・・これでよろしいですの?」

桜の説明に凛、ルヴィアが更に助け船を出す。

「そうね。じゃあ何で固有結界を世界が認めないと思う?」

「へ?」

メディアの更なる質問に答えたのは

「簡単でしょう。所詮人間は自然の延長上の存在ではない以上私達が創り出したものもまた自然のものではない。それ故に世界は私達が創り出したものを認める事も無く、修正によって固有結界を潰しに掛かる」

少し離れていた所で聞いていたバルトメロイだった。

「完璧な答えね。そう、世界が認めないからこそ固有結界は異物として認識され処理される。だけどもしも、世界がその心象を認め、共にある事を許したらどうなると思う?

「どうなるもこうなるもありえないわ!」

メディアの語尾に重なるようにイリヤが否定する。

「人間はどう足掻こうと精霊や悪魔みたいな自然の延長線上には決してなれない。魔術師になろうと同じ事、それが全ての鉄則であり常識よ!」

「そう常識、鉄則・・・それも正しいわ。でもね・・・何事にも例外はあるものよ。どんなに鉄則だと断言されるようなものにも・・・それが、この心象世界、固有世界。人が創り出した心象世界でありながら、世界より認められ世界の一部だと認識された心象世界・・・それがこの空間の正体よ」

メディアの言葉に言葉を失う魔術師達。

「メディア、固有結界と固有世界、この二つに何か大きな違いはあるのですか?」

そこにアルトリアが肝心な質問をする。

「世界に認められているか認められていないかだけで、固有結界と固有世界に大きな違いは無いわ。どちらも術者の心象世界を具現化する点では同じ魔術なのだから・・・だけどその一点の違いだけで展開の時間は大きく違ってくる。固有結界だとどんな上級魔術師・・・いえ魔法使いであろうと数分から数時間程度、だけど固有世界は一度展開してしまえば術者が死ぬか術者自身の意思で解除でもしない限り半永久に展開を続けるわ。何しろ世界の修正は受ける事で破壊される心配も無いのだから維持にはろくな負担は無いのよ」

「つまり士郎があいつをぶちのめすか、あの野郎がこの空間を解除しない限り」

「ええ、永遠にこの世界は残り続けるわ・・・だけど・・・この世界を持てるって事はもっと・・・恐ろしい意味もあるのよ」

「恐ろしい意味だと?それはどう言う事だ?神代の魔女よ」

「それは・・・いいえ止めておくわ。これ自体は現状に何の関係も無い話だし、万が一そうだとすればもう私達に勝ち目なんてないし」

「はぁ?そりゃ一体・・・」

「・・・」

それ以降、メディアの口から固有世界のもう一つの意味を聞かれる事は無かった。









「久々に見たな。旦那の『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』、しっかし・・・相変わらず気味わりぃ世界だよな」

一方の『六師』は完全な物見見物気分で固有世界を眺めていた。

彼らですら、この世界を見るのは久しぶりかつ、ただの一回だけだった。

「仕方あるまい。この世界こそ『影』殿の心象・・・と言うかお前そんな事言うと・・・」

「もう遅いよ」

そう言う『光師』の指差す方向では『闇師』が『風師』を公開私刑に処していた。

「どちらにしろこれでこの戦い決した」

「はい、『影』様が帝国を顕現された以上、この世界で『錬剣師』が勝てる道理等ありえません」

比較的慎重派とも呼べる『地師』、『水師』が珍しく断言したこの言葉からも『影』の具現化させた『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』に対する絶対的な信頼がありありと浮かび上がっていた。









突如現れた異世界の圧倒的な存在感に士郎は思わず生唾を飲み込んだ。

最初こそ固有結界かと思ったが、イスカンダルの『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』やコーバックの『永久回廊』等、固有結界をいやと言うほど目の当たりにしてきた士郎はこの空間が固有結界とは何かが決定的に違う事を肌で感じ取っていた。

「さて・・・待たせたな。続きを始めようか・・・」

そう言いながら、手を軽く上げる。

と同時に、砦の門が一斉に開放され、そこから次々と影の人型が姿を現す。

「なんてこった・・・イスカンダル陛下の『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』と同じタイプか」

その人型は思い思いに剣、槍、弓矢、斧とそれぞれ武装し、今か今かと主の命令を待ちわびている。

「一対数百なんてやりすぎだと思うが」

「俺もそう思う。これを使ったのは、恐れ多くも陛下との手合わせとエミリア達『六師』全員との御前試合のみ、光栄に思え。人間相手ではお前が初めて『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』相対したのだから・・・それと一つ訂正を。数百ではない。おそらく数億だ」

「もっと最悪だろう」

漫才を思わせる言葉の応酬が続くが、それに反比例するように二人の表情と眼光は鋭く険しいものに変貌していく。

士郎はこの圧倒的な数の暴威を目の当たりにしても屈する事も無く、『影』も圧倒的な有利を手にしたというのに油断は微塵も無い。

「では・・・言葉はこの辺で終わりにしよう。後は己の力を頼みとするだけ・・・行け!」

頭上に掲げた手を振り下ろす。

同時に今まで木偶人形のようにただ突っ立っていた影達は武器を構え、ただ一人の敵の首を目指し我先に殺到してくる。

だが、士郎もただ突っ立って殺されるのを待つような愚鈍ではない。

既に投影を終わらせ、守るようにその周囲に現れたのは、既に接続を終わらせた守りの象徴。

「万兵討ち果たす護国の矢(諸葛弩)!!」

真名を唱えると同時に諸葛弩十機より撃ち出された矢は更に五十に分裂し影の軍勢の最先鋒をたちまちの内に矢の餌食にする。

掠めたとしても次々と腐食し影の人型は崩壊していく。

だが、そもそも始めから戦力差が絶望的なまでに違う。

崩壊していく仲間(の認識があるかどうかも不明だが)にも怯む事無く歩みを止めず、時に崩壊しつつある別の人型を盾として矢を防ぎ退く事も知らず、次から次へと突っ込んでくる。

それに対抗して士郎も既に迎撃第二波を用意していた。

「投影開始(トレース・オン)、接続完了(リンク・セット)、猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!!」

士郎の手から放たれた鉄槌もまた五十に分裂し、面を制圧するように諸葛弩の雨を掻い潜った影達ではなく、その少し後方にいる集団に襲い掛かる。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

詠唱によって生み出された爆発が広い範囲で人型を薙ぎ払い、一時的にスペースが出来る。

その傷を広げにかかる。

「投影開始(トレース・オン)接続完了(リンク・セット)、吹き荒ぶ風神の剣(カラドボルグ)!」

何処までも届く剣は前線の人型をまとめて切り払い、更に切られた事で人型はただの影に立ち返る。

一見すると互角の戦いを繰り広げているように見えるが、それは一時の足掻きに過ぎない事など士郎は良く判っていた。

何しろ数億対一、勝敗など論ずる所か口にする価値すらない戦い。

ただでさえこちらは先程までの戦いで少なからず疲労している。

やはり『エミヤの魔術刻印』を起動させる事による魔力消耗は通常の魔術におけるそれの比ではない。

通常で一とするならば刻印起動は十から二十。

やはり物による媒体を解している為にそこを通り抜ける為にどうしても抵抗が消費量の多さとして現れてしまう。

現に魔術回路ナンバー]]Z、戦闘開始当初はレッドゾーン突入寸前だったのが今や九割以上を消費し底をつきかけている。

この調子では二十七の回路に充満させていた魔力を食い尽くすのはそう遠い話ではない。

一応、コーバックからもらったブレスレットもあるがそれすら焼け石に水、時間稼ぎ程度しか役に立たないだろう。

この『影の帝国(シャーテン・ライヒ)』に対抗するには、ここと同等もしくは凌駕する『無限』を持つ世界でなければ相対する事は出来ない。

もしも半ば強引に活路を見出す手を見出すとするならば・・・あれを創りだしている『影』本体を一撃でしとめるしかない。

その為の鬼手は士郎の手にある。

存在を誰も知らない今だからこそ使える手段、二回目はおそらく使えない。

固有結界とは違うとしてもこの世界は『影』の心象世界である事に変わりは無い筈。

おそらくこれを使えば『影』はどのような攻撃であれ、自身の能力で防御を行うだろう。

其処に全てを賭ける。

その為に、士郎はまずは一時だけの風穴をこじ開ける。

「投影開始(トレース・オン)、接続完了(リンク・セット)、轟く五星(ブリューナク)!」

撃ち放たれた五つの光弾は流星というよりも雷鳴の如き速度で影の軍勢を縦一文字に貫き『影』に迫る。

「やはりそう来たか・・・だが、それも無駄。我が身を守護せよ大英雄!!」

『影』の号令で彼を守るように現れた巨漢の影がブリューナクをその身体を持って受け止める。

「ヘラクレスの影!!じゃあ」

「当然持っているだろうな・・・『十二の試練(ゴット・ハンド)』を」

その言葉通り、貫かれるがそれにかまう事無く自身の肉体を持ってブリューナクを封殺し最後にはへし折る。

この瞬間士郎の奇襲が失敗に終わったものと誰もが思った。

だがその時、一発の弾丸がヘラクレスの胸部に命中する。

先程のブリューナクに比べるとその弾丸など蚊に刺されたに等しい衝撃だっただろう。

しかし、それで済まない者もいた。

「!!」

『影』が突然眼を見開き、口から大量の血を吐き出すと、全身を痙攣させて、倒れ伏した。

三十四話へ                                                               三十二話へ